人形浄瑠璃を継承する「一糸座」の結城民子さん。「一糸座」は、結城座10代目結城孫三郎(故・結城雪斎)の三男・結城一糸氏が、2003年に結城座から独立し設立した劇団です。江戸時代から続く、日本の伝統芸能「糸あやつり人形」を継承し、未来へ繋ぐために発展と普及に注力しています。古典演目の上演にとどまらず、前衛的な作品も手がけるフレキシブルな活動が、海外からも注目されています。
|至極の一言|
江戸時代から続くものを絶やさぬよう、使命感を持って続けていきたい。
表情のない人形を使うのは、動作で内面を表現するため。それが日本のあやつり人形。
崎谷:あやつり人形は長い歴史がありますが、「一糸座」のことを教えていただけますか?
結城:「一糸座」の代表は結城一糸といいますが、元は結城座という江戸時代から伝わる人形浄瑠璃の劇団から独立した一座です。結城一糸は60歳近くまで結城座に在籍し、「そろそろ自分たちの表現をしていきたい」ということで独立しました。
崎谷:60歳近くになって行動を起こすのはすごいですね。お名前も代々受け継いでいらっしゃるのですよね。
結城:そうです。結城一糸の名前は3代目になります。初代は結城一糸の父親10代目結城孫三郎という人で、孫三郎を名乗る前の名が一糸でした。2代目は結城一糸の兄で、11代目結城孫三郎です。今の代表が3代目結城一糸です。
崎谷:歌舞伎などのように、結城座の「結城孫三郎」も、一糸座の「結城一糸」も皆さん代々名前を受け継がれていくのですね。
海外公演もされていらっしゃったのですか?
結城:海外の公演もいくつかありました。うちは決まった演出家がいるわけではなく、いろんな方と作品を作っていくのですが、芥正彦さんの演出で、「アルトー24時」という前衛的な作品の一部分をイタリアで公演したことがあります。
アントナン・アルトー(前衛演劇の理論家)という人の生涯を1日にまとめた作品です。この作品を国内で公演してHPにアップしたところ、ボローニャ大学の先生が見てくださって、呼んでくれました。「古典芸能をやっているところが、アルトーを取り上げている」というところに興味を持ってくださったようです。現地では「アルトー24時」の一部を学生たちとワークショップ形式で行いました。
崎谷:「一糸座」は、前衛的なものをやっていらっしゃるイメージがありますが。
結城:そういうものをやりたいという気持ちもあります。チェコの方を招いて、ゴーレムという土でできた人形が命を吹き込まれて動き出すというお話もありました。
崎谷:海外と日本の人形の共通点や違いはどんなところでしょうか?
結城:いろんなものが違います。構造的なことだと、操る糸の数がだいぶ違う。海外の人形は針金のようなもので動かしますが、日本のは木綿の糸。人形の役によって糸の数が違い、30本近い糸を使う人形もあります。また、海外は十文字の棒を組み合わせた操作盤を使うところ、日本のものは手板と呼ばれる四角い形の操作盤を使用します。このような形は日本独特です。
また、海外のものは踊ったりピアノを弾いたりなど、ショーのようなものが多いです。一方、日本のものは浄瑠璃の中で育ってきたので、長い語りの中で心の動きを表現するもの。泣いたり笑ったりという違う表現をしていかなくてはいけない。
崎谷:一番不思議なのは、動かないのに表情が変わって見えたりしますね。
結城:表現の幅を増やすために、人形は表情のない顔をしています。表情を動きで見せるのです。また、女の人形は足をつけないのですが、着物の裾の動きで色気を表したりと、動作が大事です。
崎谷:無表情が表情を呼ぶのですね。
多様性を受け入れる活動を応援。みんなで同じ舞台に立つ。
崎谷:東京2020のプログラムでも活躍されたと聞きました。
結城:東ちづるさんが多様性と調和をテーマに活動されていらっしゃるのですが、東京オリ・パラ2020で、文化プログラム映像「MAZEKOZEアイランド・ツアー」を作られました。そこに「一糸座」も参加しました。障がいのある方、自閉症の方、LGBTの方やシンガーの方たちと一緒に舞台を作り上げる企画でした。狐面を被るダンサーと一緒に、狐面の人形が登場しました。映像は8月22日に世界配信されます。
東さんは、いろんな人が一緒に生活できる世界を目指していらっしゃるのですが、私たちもそこに共感して、参加させていただきました。
崎谷:人形があるので、ちょっと見せていただきますが、とても精巧にできているのですね。
結城:体のいろんな部位が動くようになっています。息遣いを表現したりもします。細かい仕掛けがあります。(人形の動く仕組みは)江戸時代の方たちが工夫して作ったものです。
人形自体は江戸時代から変わっていないのです。多少、人形使いによって工夫は施されてきましたが、基本的なものは江戸時代から変わっていません。日本人ってすごいなと思います。江戸時代に一生懸命作ってくれたものを、私たちで絶やしてはいけないと、ある意味、使命感を持ってやっています。
崎谷:人形を動かすのに、どんな仕草が難しいのでしょうか。「これができたら一人前」というような基本の動作はありますか?
結城:最初は歩くところから始めます。人形を歩かせるのは、結構大変です。歩くことで表現ができてきます。小走りしたり、お侍さんのように歩かせたりなど人形の役によっても歩き方が違います。
そして、座ること。正座ができないと大変なんですよ。人間の格好って座ることがわりと多い。日本のお人形は正座してお辞儀をしますが、その時に首が下がってもいけないし、背中が丸まってもいけません。それが難しい。
ただ、昔は「人形を使うまでに10年」なんていわれてきましたけれども、今では、練習をして舞台にすぐに立ちます。(本番の)経験を積むというのはとても大事です。古典をやっている昔は、すぐに役が付くということはほとんどなかったのですが、それだと機会が奪われてしまう。だから、経験を積める今の時代は恵まれています。
「一糸座」のカフェが小平市にオープン
崎谷:古典芸能に携わる方が、「caféオオワニ通り」を経営。その背景を伺いたいです。
結城:劇団って、どこでも生活していくのが大変です。特に人形遣いは人形を作ったり、稽古をしたり、人形に関わっていないと技術も修得できない。アルバイトなどをしていると、時間を取られて人形使いとして成長ができない。そんな若手のために、なんとかならないかと思い、自分たちの拠点とカフェを融合したものを作りました。
ここは1階がカフェで地下にアトリエがあります。一糸座のカフェがあって、下にアトリエがあるってことをみなさんにも知っていただきたいです。
崎谷:海外だとカフェって文化とかが生まれる場所であったりしますよね。舞台で見るあやつり人形ではなく、狭い空間で見るのもいいですね。
結城:海外では劇場にカフェが併設されていますよね。人が集まるところで交流が生まれるのはいいことです。
また、大きな劇場だと、客席と舞台が離れていたりしますね。人形は70センチくらいのものだと、近くで見てもらうのもいいです。その分、人形使いは緊張するかもしれませんが。
崎谷:小平市の方だとご存知だと思いますが、西武多摩湖線一橋駅近くのこの場所は、元お寿司屋さん。みなさんで内装を手掛けたとか。
結城:お寿司屋さんの什器の処分から始めました。内装も劇団員で全部仕上げました。壁や天井を自分たちで塗り替えて、椅子や机も全部ヤスリ掛けをしてニスを塗って、座面も張り替え。和風テイストに仕上げています。
ここでみなさんに人形劇を見てもらおうと、アトリエお披露目公演も予定しています。カフェをきっかけに「一糸座」のあやつり人形を広めていきたいです。
【一糸座Profile】
寛永から続く、糸あやつり人形結城座から2003年に独立。結城座10代目結城孫三郎の三男・結城一糸により旗揚げされ、古典作品の上演および新しい演出家・作家達との共同作業による新作公演を行なっている。2021年6月西武多摩湖線・一橋学園駅近くに「caféオオワニ通り」をオープン。 地下一階には一座のアトリエを構え、文化交流の場づくりにも専念。