立川市内の五日市街道から一本奥に入った場所に、めずらしい木製フレームの眼鏡を製作している工房「63mokko」があります。ギャラリーを兼ねた工房は、落ち着いたインテリアでとても静か。一歩足を踏み入れると、何か特別ないいモノに出会えそうな気持ちにさせる、不思議な空間です。眼鏡職人の神田さんが作り出す空間と作品には、木への憧れ、好きなものへのこだわりがあふれています。
|至極の一言|
自然の木を、纏うように身につけてほしい。
木が好きで、こだわりのあるお客さんばかりが訪れる「63mokko」
崎谷:「63mokko」は、入ってくるなり気持ちが落ち着くような工房ですね。五日市街道はよく通りますが、1本奥に入っただけで急に緑があふれて、静かな場所になる。
神田:そうですね。とても静かな場所です。
崎谷:建物も雰囲気があって、ここを訪れるお客様も気持ちが落ち着き、「何か大切なものを手に入れたい」というワクワク感を導いてくれるような空間です。
神田:この環境も、木と相性がいいと思っています。
崎谷:ここの工房では、どのような眼鏡を作っているのですか?
神田:オーダーメイドが中心で、一つ一つ手作りです。お客様に木種と形を選んでいただいて、サイズを合わせます。木種のサンプルと形のサンプルがあるので、好みのものを選んでもらって、あとはお客様の顔に合わせてサイズを見ていきます。取り扱っている木の種類は20種類くらい。パドックというアフリカの赤い木や黒柿、黒檀、ウォールナッツなどの木を使っています。
崎谷:色味で選ばれる方が多いのでしょうか。
神田:そうですね。パドックなど人気があります。
崎谷:同じ眼鏡でも木の風合いでだいぶ印象が変わりますね。形も長方形や六角形などいろいろありますね。お客様は、どのような年齢層の方が多いのですか?
神田:年配の方も多いですが、50代や60代など。木が好きで、ひとついい眼鏡が欲しいといった方が多いです。一生ものとして使いたい方ですね。近隣の方ではなく、イベントやWEBでここを知って、遠くからいらっしゃる方もいます。あっ、でも、接客上手ではないですが、近隣の方も「あれっ」てこの店に気づいたら、ぜひ入ってきてください。
飛騨高山で磨いた技術で眼鏡を製作
崎谷:木を眼鏡にしようと思ったきっかけは、何でしたか?
神田:身につけるものの一部に、木があるといいなと思いました。木って建築だったり、生活の道具だったりとかが一般的ですが、洋服のように身に纏う、つけるものとして、木を使いたいと思いました。
崎谷:神田さんは、工学院大学建築学科を卒業して建設関連の会社に就職されたのですよね?
神田:材木を扱う会社でした。材木の部署に行けば、毎日木に触れるので、それはそれで良かったのですが、仕事の多くはCADを使うものでした。パソコン上で立体的な図案をCADで入力していく仕事をしていました。どのくらいの太さがあれば、梁として持つかの計算など。
大工さんの現場に行くことも多く、実際に木を触って作っているのは面白そうだなと思っていました。仕事の合間を見て、自分でベンチを作ったりしていたのですが、ガタガタだったりと独学では限界があったんです。ちゃんとしたところで勉強したいと思い、岐阜高山の「森林たくみ塾」に行きました。
崎谷:さすが飛騨高山だと、そのような塾があるのですね。
神田:そのような場所がいくつかあります。たくみ塾では、オークビレッジという木製家具を扱うブランドがあり、そこの商品を作りながら学んでいくスタイルです。塾では給料は出ないので、自分の貯金を崩しながら2年間やりました。入塾したその日から商品を作って、失敗は許されない状況です。スタッフの人が商品作りも厳しく見てくれます。最初の1年は小さいもの、2年目は家具など大きいものを作りました。
崎谷:木の製作はどんなところが難しいのですか?
神田:塾では、コンマ何ミリの世界で仕口(梁や柱、筋交いなどの接合部分)が刺さるかどうかの世界です。小物も大型家具でも正確さの基本は一緒です。
崎谷:たくみ塾で習った技術が眼鏡に生かされているのですね。たくみ塾は厳しくて脱落する方がだいぶいらっしゃると聞きましたが、その中で頑張ってきたモチベーションは?
神田:サラリーマンに戻る気がなかったので、自分で独立して作り上げるしかと思っていました。2年学んだら独立だと。通常のルートだと、ワンステップで就職してから独立だったりしますが、僕は独立するって頭で塾に入りました。
気に入っているものだからこそ、一生使える眼鏡を
崎谷:木の仕入れなどはどうされているんですか?
神田:材木屋さんから板を仕入れてます。あと、国立に桜並木があって、そこで剪定した木をいただいて作ったりもしています。
崎谷:桜並木の木がこちらで眼鏡になるんですね。
神田:桜の木は硬いので、加工しやすい、いい木なんです。ある程度の強度がないと、眼鏡が壊れてしまうので。眼鏡はかける人によって角度とか広がり方とか、ひとり一人違うので調整が難しいですが、一つ作れば一生使ってもらえます。手作りの眼鏡はそれなりの額ですが、メンテナンスはずっとやり続けます。踏んでしまったり、眼鏡をしたまま寝てしまったりと、たまにメンテナンスに訪れる人もいますが、いくらでも直せるので安心して使って欲しいです。
【神田武蔵さんProfile】工学院大学建築学科を卒業後、木造建築に憧れて木材を扱う会社に就職。その後、もっと木に触れたいと、2011年、木工職人を目指す人が集まる飛騨高山の「森林たくみ塾」に入塾。修行は非常に厳しく、3分の2が脱落するなか無事に2年で卒業。家具ではなく、“誰もやっていない”木製眼鏡作りを目指し、2013年、立川市に工房兼ギャラリーを構えて自身のブランド「63mokko(ロクサンモッコー)」を立ち上げ。