昭和56年の創立以来、多摩地域密着にこだわり、季刊誌『たまら・び』などの出版物で多摩の魅力を伝えてきた「けやき出版」。小崎奈央子さんは2015年5月に代表取締役に就任した若き4代目社長。多摩で育ち、多摩で学び、多摩で働く魅力的な人たちや活動、その存在を多くの読者に伝えることを使命に、『多摩の出版社』としてできる新しい存在価値を模索・開拓し、クリエイターの創業支援にも取り組んでいます。

至極の一言|
編集って本でも冊子でも、それ一つ作ることで人の人生を変える影響力がある。


『たまら・び』での出会いが人生を変えた!

崎谷:けやき出版は、多摩で創業支援事業もされていますね。そもそものきっかけは季刊誌『たまら・び』だったということですが。『たまら・び』とはどういうものですか。

小崎:『たまら・び』の“ら・び”はフランス語で人生や生活という意味なんです。
多摩信用金庫(たましん)さんが企画・発行、弊社(けやき出版)が編集・発売をおこない103冊作らせていただきました。
特殊な制作方法で、市民の方たちといっしょに作るという市民参加型。
地域とつながらないと形にできないやり方で作らせていただきました。

崎谷:『たまら・び』への参加がきっかけで地域の情報誌に興味を持ち、編集の道に進んだ方に会ったことがあります。

小崎:編集って本でも冊子でも、それ一つ作ることで人の人生を変える影響力がある。すごいことだと思います。
私が『たまら・び』に入った最初は84号の西東京号だったのですが、西東京市の方々とは今もつながりがあります。
その後もそれぞれのエリアの方と知り合いになり続けるのがおもしろくて。
多摩の仕事をしていると、1冊作って「ありがとう、さようなら」ではなく、またなにか違うところでいっしょにお仕事をさせていただくこともある。
そういう関係が築けているのがありがたいですね。

崎谷:編集なんだけど、人間関係を作っているということですね。

小崎:「なんでけやき出版を継いで社長になったんですか?」「なんで多摩がこんなに好きなんですか?」とよく聞かれますが、答えは全部『たまら・び』なんです。
多摩エリアでがんばっている方々と知り合えたのが『たまら・び』。
そこから世界が広がりました。
本が好きでけやき出版に入りましたが、単行本を1冊2冊作ることでは気づけなかった。私の人生を変えたのは『たまら・び』だと思っています。

多摩の可能性をもっと広げ、底上げしたい

崎谷:確かに多摩はハマりますよね。どういうところがそんなに好きなんですか?

小崎:なんなんでしょうね。
たぶん、ポテンシャルという意味での可能性がすごくあるのに、まだそこまで行きつけていないもどかしさというか(笑)。
なんとかしてあげたい、母親的な目線なのかもしれません。

地域の人たちにしてもほどよいコミュニティ、ほどよい仕事があり満足しているから別に変える必要はないよと思っている方もきっとたくさんいらっしゃる。
私が勝手にもどかしさを感じているだけで、「なんとかしてください」と言われているわけではないんですが。

『たまら・び』がきっかけでそれぞれのエリアの濃くも素敵な人たちに出会ってしまったがゆえに、もっとこの人たちをつなげたい、広げたい、もっと多摩好きな人たちを増やしたいという勝手な使命感が私の中に芽生えてしまったんです。
役に立ちたいというか、すごい方たちばかりなので、そこに追いつかなきゃと私が必死です。

崎谷:都市部だと、スマートにかっこいい部分だけを見せる人が多いけれど、多摩エリアには、弱みも含めて背中を見せてくれる人がいて、私もがんばろうという気持ちになります。
多摩には少し非合理的だけれど、人間っぽいところがあるというか。

小崎:そうなんです! 人間臭さ、泥臭さをどうアウトプットするのかというところなんです。
多摩にはクリエイターさんがたくさんいて、スキルもたくさんある。

そこをつなぐというか、まとめるというか。そもそもまとまりたいわけではないかもしれないけれど、そういうまとめる人がもっとたくさんいたら底上げできる気がしていて、今後力を入れてやっていきたいと思っています。

多摩で仕事を生み出すための新たな活動

崎谷:新しい活動として創業支援をされたり、2020年6月には『BALL.(ボール)』という雑誌を創刊されました。

小崎:東京都の補助金を3年間活用して、クリエイターを中心とした創業支援の連携体「TeiP」を立ち上げて活動しました。
『BALL.』というメディアでは、はずむように働こうということをタグラインにして、多摩の仕事を取り上げていきます。
コロナをきっかけに職住近接で、多摩で働く流れが必然として動き出しているので、さらに23区ではなく多摩で仕事を生み出していくことができるような事業に展開していきたいです。

崎谷:創刊号は「狩りと伐り」、サバイバルなテーマでしたね。

小崎:『たまら・び』のほうがよかったという反対意見ももちろんありましたが、ターゲットが違えばやることは違います。
『たまら・び』は多摩の中の人、地域の人たちにより自分たちの地域を好きになってもらいたいということにコミットしたものでした。
『BALL.』はどちらかというと多摩を知らない外の人や、多摩に住んでいても地域を知らない、つながりがなかった人にフォーカスしたいと考えています。
東京都にも森があり、木こりやハンターがいるということを知らない人が多いので、あえて振り切った内容で始めました。

崎谷:これも仕事なんだという驚きがありました。

小崎:ハンターが仕事になるかというと、「食べていける」という意味では仕事になっていない方が多い。
でもそれを趣味というにはあまりにも大変なお仕事で、命をかけてやっているということを伝えたかったんです。

多摩エリアには、心地よさやコミュニティ、つながりという意味では満足している方が多いと思いますが、仕事として食べていけるかというと、多摩価格は23区よりも0が一つ少ないことが多い。
下請けではなく、元請けになれるような場所にしたいと強く思っています。そのためには、自分自身もスキルを磨き、説得力を身につけることが課題。
発信力の弱さはメディアとしての課題ですが、なんとかしたいという思いをもっているみんなとつながり合い、相乗効果で広げていけたらと思っています。

Profile
1978年国立市生まれ。自動車雑誌や通信教育雑誌などの編集を経て、2人の子どもに恵まれる。雑貨店のアルバイト、テレアポの営業などを経験した後、2008年「けやき出版」入社。企画出版の編集を担当後、2014年より地域情報誌『たまら・び』編集長に。2015年に代表取締役に就任。出版社の枠にとらわれず、多摩エリアに関する多様な事業展開を目指す。2020年には多摩の仕事を特集する情報誌『BALL.』を創刊。

けやき出版HP 
BALL.WEB MAGAZINE 

投稿者

さきや 未央

★ 編集歴25年以上★「旅」と「子育て」雑誌を200冊編集★「観光とまちづくり」の取材を8年間★ 多摩の社長100人にインタビュー