神崎智子さん

謄写版(とうしゃばん)、いわゆる「ガリ版」といえば、世代によっては学校のプリントを懐かしく思い出すのではないでしょうか。今では知る人ぞ知る技術となってしまった謄写版の手法を用いて、表現活動をしている版画家の神﨑智子さん。国内外で作品を発表するとともに、謄写版の美術的価値を残す活動も積極的に行っています。東京都小平市に構えた〈Atelier10-48〉を拠点に、世界に謄写版の魅力を発信しています。


|至極の一言|

謄写版(ガリ版)は技法としてとても奥深い表現ができる。でも絵を売るためにはバックボーンの説明が必要。だから、謄写版を研究してもらうため、美術的価値を残すために本を発行したんです。


謄写版(ガリ版)の美術的価値を、小平から世界に発信

謄写版(とうしゃばん)、いわゆる「ガリ版」といえば、世代によっては学校のプリントを懐かしく思い出すのではないでしょうか。今では知る人ぞ知る技術となってしまった謄写版の手法を用いて、表現活動をしている版画家の神﨑智子さん。国内外で作品を発表するとともに、謄写版の美術的価値を残す活動も積極的に行っています。東京都小平市に構えた〈Atelier10-48〉を拠点に、世界に謄写版の魅力を発信しています。


版画専攻を卒業後に出会った謄写版=ガリ版の世界

崎谷:謄写版(とうしゃばん)いわゆる“ガリ版”で版画家として活動されていますが、この手法は大学時代に学ばれたんですか?

Photo | 鉄ヤスリの上に原紙(ロウ引きした和紙)を置き鉄筆で製版する。鉄ヤスリの粒により原紙に穴が開く仕組み

神﨑:大学では、ガリ版は全然やっていないんです。今の美術教育では、版画の基本範囲に謄写版は入っていなくて。私自身は大学卒業後に謄写版での制作を始めました。「絵を売るためにはバックボーンの説明が必要」それがあってようやく作品を売ることができるのですが、謄写版については、教育、普及度、いろいろなバックボーンが足りないんです。先生方も文房具として謄写版は知っていても、版画技法としてここまで奥深い表現ができること、美術としての歴史がまとめきれていないので教えるわけにいかないんですね。

刷りの様子

Photo | 刷りの様子

崎谷:卒業後はweb制作会社に勤められたそうですね。

神﨑:もともとは印刷術に興味があって、グラフィックを勉強して制作会社に就職したかったんです。唯一受けていた版画専攻のある大学に進んだので、ここで基本を学んで印刷会社に行こうと思ったのですが、すごい不景気で就職氷河期といわれていた時代。当時の制作業界でがんばり始めていたのがホームページを作る会社だった。そんな時代背景がありました。

崎谷:いろいろなことがあって今の道に進まれたんですね。

神﨑:美術系の大学卒業後は、みなさん制作場所に困るんです。私もそんな中でガリ版の技法に出会ってやり始めたのですが、やってみると版画としておもしろい。歴史を知っていくと、そういうことを発信したくなって。ホームページ制作の技術を練習しようという意図もあり、2008年に謄写版専門サイト「10-48net」を開設しました。


謄写版を広め、残すため、2度のクラウドファンディングに成功

Photo | 20年の企画展示は「The future of small Mimeography」を行った。

崎谷:“ガリ版”って名称もいいですよね。学校のプリントで使われていたな~とか、思い出とくっついているところも魅力です。

神﨑:海外の方からは「謄写版とガリ版、どう違うんですか?」とよく聞かれるんです。そんな呼び名がついているのは日本だけですね。「ガリガリ」というオノマトぺです、と答えています(笑)。

崎谷:人間味があって、表現方法としての可能性がありますよね。クラウドファンディングに2回チャレンジされたとか。

神﨑:1回目は、謄写版の版画を広めるため、伝えるために、お道具箱セットを作りました。謄写版はすたれてしまった技術なので、消耗品、溶剤やインクなどを集めるだけでも、どこに何が売っているんだっけ?という状況です。それをまとめたツールを作りました。鉄ヤスリだけは、もう製造されていないので入っていないのですが、中古品はネットオークションで入手できます。このお道具箱を作ったことで、ガリ版のことを前から知っている世代にも、何も知らない新しい世代にも、すごく興味を持っていただけました。

崎谷:2回目のクラウドファンディングでは、『10-48 謄写版のこれまで·これから』を出版されたんですよね。謄写版の歴史のほか、神崎さんの作品も載っていて、素敵な仕上がりです。

クラウドファンディングで出版された『10-48 謄写版のこれまで・これから』

Photo | クラウドファンディングで出版された『10-48 謄写版のこれまで・これから』

神﨑謄写版を研究してもらうため、美術的価値を残すための活動として、この本を作りました。日本には志村章子さんの『ガリ版ものがたり』という本があるのですが、それ以上の話はなかなか出てこない。民俗学の研究者が印刷の資料をまとめていても、技術的なことが出てこなくて、謄写版については浅い説明ですまされてしまう。研究としてまだまだ進んでいないので、ネタ提供の意味でも、理解を深めてほしくて。謄写版の技法は世界中にありますが、日本のようなガリ版の技術は海外ではタイプライターの登場で早々にすたれてしまいました。日本では、文字を手書きする文化とマッチして普及したんですね。そういうことは海外にも知られていないので、この本では日本語と英語を併記しています。

崎谷:アトリエのオープン時期にあわせての制作は大変でしたよね。

神﨑:プロジェクトとしては丸一年かかりました。交流のあるオランダやドイツの謄写版に詳しいマニアの方とも連絡をとって、年表を添削してもらいました。結局、アトリエのお披露目の日には間に合わなかったのですが、なんとか完成したときは「やっとできた!でも、もうやりたくない」と思いました(笑)。


小平のAtelier10-48では企画展示も計画

Photo | 20年の企画展示は「The future of small Mimeography」を行った。

崎谷:スクールやワークショップでも教えてこられましたよね。

神﨑:最初のアトリエは世田谷ものづくり学校という貸しスペースでした。そのあと、プレハブ小屋を借りて3~4年。アトリエの家賃が発生するから、ワークショップを始めたんです。参加者は長年ガリ版をやっている方も多いですが、一度体験してみたいというタイプの方も圧倒的に多いですね。

崎谷:小平市に作られたアトリエも、非常に素敵な場所です。謄写版の歴史もわかる簡易美術館のような印象を受けました。

現Atelier10-48でのWSの様子

Photo | 現Atelier10-48でのWSの様子

神﨑:そこまで立派ではないですけど(笑)。ガリ版はもともと文字を作るもの、複写用に開発されたもので、絵を描いて版画を作るというのはユーザーが勝手に始めたことなんですが、アンディ·ウォーホールやピカソなど著名アーティストも作品を作ってるんですよ。

崎谷:今後はどういう活動をしていきたいですか?

神﨑:プレハブ小屋のときはワークショップのみしかできなかったのですが、今のアトリエは展示スペースを兼ね備えたものにしました。作家さんの技術、どういうふうにやっているのかを、突き詰めて展示していくこともできます。近々、本を作ったグラフィック会社のギャラリーとのコラボを予定しています。本に登場した謄写版作家さんに声をかけて企画展示をやるので、その後でうちのスペースでも展示できたらと考えています。

Photo | 町田国際版画美術館でのピックアップ公開講座のようす


<インタビュー後記>

神﨑さんには明確なビジョンがあり、そのために何をすべきか的確に分かっている――そんな印象をいつも受けます。そして、謄写版の作品をつくる技術だけでなく、謄写版を文化として掘り起こし、根付かせるための“精神力”“技術“を持っているのです。そういうクリエイターはなかなかいません。「謄写版よ、神﨑さんに見出してもらえてよかったね!」そう思ってしまいます。神﨑さん、いつも応援しています★

<プロフィール>

2006年、京都精華大学芸術学部版画専攻を卒業後、web制作会社に勤務しながら創作活動を開始。現在は謄写版を用いた版画制作をメインに、版画家として国内外で作品を発表している。2013年、和歌山県立近代美術館「謄写版の冒険」への出展他、グループ展への参加多数。「技術ピックアップ講座 謄写版」(2015年、町田市立国際版画美術館)講師を務めるなどワークショップを各地で開催。2019年11月、東京都小平市に「Atelier10-48(とうしゃ)」をオープン。

第5回 版画家/神崎智子さん

Atelier10-48 HP
https://10-48.net/atelier10-48/

住所:東京都小平市鈴木町1-30-95

アクセス:西武新宿線「小平」駅またはJR中央線「武蔵小金井」駅下車、両駅ともバス約15分「五間通り」バス停すぐ。

投稿者

さきや 未央

★ 編集歴25年以上★「旅」と「子育て」雑誌を200冊編集★「観光とまちづくり」の取材を8年間★ 多摩の社長100人にインタビュー