クリエイター美術家

深浦よしえさん

|至極の一言|

散歩の最中に花を見て「きれいだな」と思うような感じで絵を見てもらえるように、窓に絵を描き始めました

「音を絵で記録するプロジェクト」、「Open Atlier」、「窓絵」などの自主企画で、精力的に作品作りをしている深浦よしえさん。2018年に美術家としての活動をスタートしてから、「桃源郷芸術祭2019」、国際芸術祭「中之条ビエンナーレ2019」、国際野外アート展「トロールの森2019」など順調に活躍の場を広げてきました。「美術館に行かなくともアートに触れられる場になれば」と、ときには東京都小金井市「シャトー2F」のアトリエを開放しています。


内気なイラストレーターが、絵を使って人とのつながりを増やす

崎谷:イラストレーターから、美術家としても活動されていくことに。これまでの人生にいろいろなことがあって、今に至るそうですね。

深浦:じつは私、40歳を過ぎるまで、人の目を見て話せなかったんです。親や先生、友達の顔色をうかがいながら、できるだけ目立たないように生きてきた。イラストの仕事は家でできるし、電話でクライアントと話すぐらいで直接人と接することがないのがラクでした。ずっと家に引きこもって絵を描いて、親しい友人としか会わない暮らし。

ところが結婚して子どもを2人産むと、家と保育園とスーパーしか行くところがなくて。わずかな友人と飲みに行く約束をしても、その日に限って突然子どもが熱を出す(笑)。夫は仕事中心でいつも深夜の帰宅。娘のひどい夜泣きにひとりで付き合い、美術館にも映画館にも行けない、友達とも話せない……となると、いくら内気でも「誰かとしゃべりたい」とストレスがたまって。

しかもその頃、夫の両親がそろって要介護5になったんです。下の子がまだオムツだったので、うちではとても引き取れず施設へ。週末はいつも会いに行っていました。平日は、週の半分は子ども2人のどちらかが熱を出すし、徹夜しても仕事は終わらない。夜は眠れないし、家族以外の誰にも会えないし、精神的に追い詰められてヘトヘトでした。

崎谷:私たちの世代は、女性が子育てをして、家事をして、介護も……という世代ですものね。

深浦:その後、母が亡くなり、その後を追うように父も亡くなりました。引き取れなかったこと、かわいそうなことをしてしまったという気持ちを抱えながら、葬儀2件と家の処分などを忙しく終えました。すると、施設にいく用事がなくなったこと、子どもたちも大きくなって病気にならなくなったことで、人に会う時間ができたんです。

10年以上、自分の意思とは関係なく家に引きこもる生活をしていたら、家にいるのが嫌になってしまい、自分から外に出るようになりました。でも内気なので自分からは話しかけられない。だから自分の得意な絵を使って、人とコミュニケーションを始めました。

崎谷:どんなことを?

深浦:例えばお店の宣伝物をデザインしたり、絵を描いたり。そういうことをしていると、人とのつながりが増えてきて、人の目を見て話せない私も、絵を媒体にすることで人と話せるようになりました。友達が増えると、どんどん楽しくなってきて。自分についても考える余裕がでてきたら、「私はまだまだこれからだ」と思っていたのに「あれ? 私、けっこうな年だ」と気づいたんです(笑)。


3年間の自由生活宣言。音を絵で記録する「美術家」に

深浦:私の両親は健在ですが、もし介護が必要になったら、私は栃木の実家との行き来が頻繁に必要になる。そうなるとまた自分の時間がなくなる。年とともに私自身の体も弱ってきているし、自分の人生がいつ終わるかもわからない。「人のためだけに一生懸命、世話をして、世話をして、死ぬのか?」と思ったら悲しくなってしまって。

崎谷「他人のために生きているのか?」って思うとき、ありますよね。

深浦:そこで、夫と子どもたちに「お母さんを3年間、好きにさせてほしい」と宣言したんです。「だから協力してほしい」と。突然で、なんのことかわからないから「好きにすれば?」という反応。「わかった! 好きにする。美術家になるわ!」ということに(笑)。

そこから、音を絵で記録するという活動を始めました。音の印象を、色や形に置き換えていくんです。アトリエ隣接のギャラリーにミュージシャンを呼び、生演奏の音の印象を来場者とともに絵にして記録するというイベントを1週間やって、毎日12時から18時までの6時間、描き続けました。「桃源郷芸術祭2019」、「中之条ビエンナーレ2019」、西荻の国際野外アート展「トロールの森2019」、「武蔵野はらっぱまつり」などたくさんのイベントにも出展。

3年しかないと思うと必死です。

企画書を書いて提案し、説得して進める、ということをしまくっていました。家族は「え?茨城に行く?」「群馬に一週間泊まる?」ってびっくりしていましたよ(笑)。でも下の子も小学生になっていて、夫の仕事もたまたまそのタイミングで在宅になり、ピリピリ・イライラしながらも家事を協力してくれました。

崎谷:そのタイミングも運命ですね!

深浦:妻がわけのわからない活動をし始めて、まさかこんなに激しくやるとは思っていなかったみたいで(笑)。「不良娘の親の気持ちだ」っていいながら、子どもの世話もしてくれるようになりました。そのおかげで今に至るんです。作品が売れたので、「美術家」と名乗らせてもらうことにしました。あまりにもキャリアはないのですが、「ちゃんとやります」という自分なりの宣言ですね


オープンアトリエや窓絵で、ふらりと触れられるアートを

崎谷:宣言してやってきて、今はいかがですか?

深浦:いろいろ企画していたイベントも、コロナ禍で開催できなくなり、地方に行くこともできない。そこでアトリエを拠点にして、この中にインスタレーション(空間彫刻)を作って、見に来てくださいという「オープンアトリエ」を企画しました。自分の内側の世界、心象風景を作るようなことをして見てもらおうと思っています。

崎谷:部屋を見ると、人柄や価値観、どういうことに時間をつかっているかわかりますよね。

深浦:家でコツコツ絵を描いて、ときどき展示するだけでは、地域に芸術活動が根付かないと思うんです。美術館に行かなくても、もっと気軽にふらっとアートに触れられる場所があるといいなと。そこでこのアトリエの扉を開けています。

崎谷:窓絵も素敵ですよね。外側の世界と内側の世界の接点のようです。

深浦:2020年、コロナ禍で緊急事態宣言が出され、展示ができなくなってしまいました。それならば通勤途中で花を見て「きれいだな」と思うように、窓に絵を描いて見てもらえばいいのだと考えました。

通りすがりの誰かが、私の描いた絵を見つけて「いいな」と思ってくれたら……と思って窓に描き始めました。その様子を動画で配信していったら、すごく反響があって。メッセージをいただいたりして、私も励まされました。みんな芸術に飢えていた時期だったことも大きいと思います。

崎谷:お店にも窓絵を描き始めたそうですね。

深浦:お店を応援したい気持ちもありますが、私もプロなのでお金はいただきたい。無料で絵を描くのは、絵を買ってくださる方に悪いという思いがあります。そこで投げ銭スタイルにしました。コロナの影響で学校に通えなくなっている交通遺児が増えているそうです。あしなが育英会会長の会見で「僕がなんとかするから、心配するな」というメッセージを見て、私、感動して泣いてしまって。だから、集まったお金はあしなが育英会を応援する活動に使いたいと思っています。



<インタビュー後記>

アーティストとして積極的に活動している深浦さん。今に至るまでの環境の変化、心の変化を包み隠さず話してくれました。深浦さんのアートの魅力はライブ感であり、移り行く変化をそのまま取り入れていること。たまCHでも「窓絵」をその場で描き、刻刻と変わる窓の外の風景と、透明感のある絵が永遠のようでもあり、はかなくもある、そんな不思議な感覚を味わわせてくれました。深浦さんの心のうちにあるものが、次にどんな形になって表れるのか楽しみです!

<プロフィール>

東京都小金井市在住。グラフィックデザイナーとしてメーカーに勤務した後、フリーランスのイラストレーター・植木美江として活躍。市民スタッフとして、アートプロジェクトの手伝いもする。2人の子育てをしながら、義理の両親が要介護5になり、寝る暇もないほど忙しい日々に。義理の両親を見送った後、2018年より美術家・深浦よしえとして「音を絵で記録する」活動をスタート。ライブイベント、ドローイング、版画、インスタレーション、ワークショップなど幅広く活動中。

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