江戸時代から370年以上続く松江藩御抱え塗師の十一代目・七代小島漆壺斎(しっこさい)を父に持つ小島ゆりさん。小島家の歴史は1639年(寛永16年)、松平直政公が出雲に転封になった翌年、初代清兵衛が京都より松江藩塗師棟梁として招聘されてから始まります。十二代目のゆりさんは、東大文学部卒の才女。会社員を経て10年前に独立。漆職人として高みへ向かうだけでなく、初心者向けの教室を開催するなど漆の「はじめの一歩」を応援します。
|至極の一言|
いいものが出来たから販売するという出し方をしていると、お客様が何が欲しいのかということが見えなくなりがちです。
江戸時代から続く、伝統的な漆芸の名家に生まれる
崎谷:塗師(ぬし)・蒔絵師(まきえし)とはどういうお仕事なのですか。
小島:漆(うるし)は縄文時代からある文化で、江戸時代には分業制になっていました。白木の木地を作るのは木地師(きじし)さん。それに漆を何度も塗って磨く——これが塗師の仕事です。この後、表面を仕上げ、漆で絵を描くなど装飾していくのが蒔絵師の仕事。漆は接着剤になるので、その上に金粉などをまくと絵にくっつくんです。それを磨いて仕上げます。
崎谷:漆芸のいくつかある工程のうち、小島さんは塗師と蒔絵師の工程を両方ともできるということですね。松江藩御抱えの十二代目……江戸時代から370年以上続く伝統の重みは感じますか?
小島:重みは考えないようにしていますが、続いてきたこと自体すごいことで、ご先祖様はひとりひとり大変だっただろうなと自分がやってみて改めて思います。江戸時代初期の頃は塗師だけだったそうですが、最終的にはきらびやかに装飾してお殿様に渡すものを作っているので、あるとき江戸まで修行に出て蒔絵を学んできなさいということに。その技術を松江に持ち帰ったという経緯があるそうです。
「御抱え」って公務員みたいなもの。絶対権力であるお殿様がお好みのものを作り、それがお眼鏡にかなうかどうかがすべてでした。納品したものに目の前で熱湯をかけられ、壊れないかを試された(それで割れたら首が飛ぶ!)みたいなエピソードも言い伝えられています。
崎谷:東京大学文学部の歴史文化学科で美術史学を学ばれたとか。どういうことを勉強されたのですか?
小島:美術の歴史ですね。美術館の学芸員になる人が多い学部なんです。美術館に展示してある絵画が、いつ、どこで、誰が描いたものなのかを調べたり、影響を受けた人たちを調べたり。卒論のとき、「自分の家の歴史について書きたい」と言ったら、範囲が狭すぎると言われて(笑)、江戸時代を中心とした漆芸の歴史について書きました。そのおかげで、漆の歴史を知ることができ、今お教室や体験ワークショップで皆さんにお伝えすると「へー」って言ってもらえます(笑)。
通販会社勤めを経て、漆作家の道へ
崎谷:大学卒業後は就職されたそうですね。
小島:まず大学を出て1~2年は、父に付いて漆の技法を一通り全部教えてもらいました。それからサラリーマンを10年くらいやり、その後、漆だけに専念してちょうど10年ぐらいになります。
崎谷:サラリーマン時代は漆とは関係ない商品開発をされていたとか。
小島:株式会社ベルーナでたまたま配属されたのが靴・バッグの服飾チームだったんです。カタログ販売向けに、鞄屋さんと組んでオリジナルバッグを作っていました。鞄屋さんが取った商標で「Yuri Kojima」ブランドのバッグが実は今もあるんです(笑)。
崎谷:鞄も作れるとは! 次に転職されてリクルートへ行かれましたね。
小島:私、同じ仕事をしていると飽きるんです。1年同じことをしていると飽きるので、ベルーナ時代も異動希望を出していました。リクルートの通販事業部に転職しました。
崎谷:通販の仕事は今にも役立つことがありそうですね。
小島:私がいた頃はまだまだ紙が全盛期で、やっとネットに移行するぐらいの時期でしたが、通販の基本がわかったことはよかったと思っています。今はクリエイターが自分でサイトを作って売る時代。自分でネットショップを作るときも、通販の基本知識と、パワポやエクセルなどサラリーマン時代に叩き込まれたスキルがあるからできる。まだまだ試行錯誤ですが。
崎谷:その後、2010年に独立されて「Yuri Kojima 漆 Design」を立ち上げられました。
小島:本当はサラリーマンと漆の仕事、両方やりたかったんです。今はパラレルキャリアや副業という働き方もありますよね。ただ、漆器作りは時間のかかる作業なので、集中して時間をとらないとなかなか進まないんです。一旦、漆に集中したくなり、「ダメだったらまたサラリーマンになろう」という軽い気持ちで会社を辞めました。漆作家を始めてみたものの、漆はビジネスとしてどうやっていくかがすごく大変で。やれることをやる感じで、なんやかんややっていたら、10年経っていました。
アクセサリー、日常使いできる漆器、体験教室……漆ニーズに応え続ける
崎谷:漆のレースアクセサリーは、レースに漆を塗れるなんて新鮮な驚きでした。重いのかと思ったら軽くて、すごく素敵です。
小島:漆はほとんどの素材に塗ることができるんです。木だけではなく、紙にも布にも。作家さんに編んでもらったコットンレースに漆を塗ったら、おせんべいみたいにカチカチになる。適当にひもで作ったものに塗ることもあります。ブローチやイヤリングが基本ですが、水で洗えるので箸置きも作ります。
崎谷:器の作品には、テーマはあるんですか?
小島:私、陶器が好きなんです。陶器の釉薬が垂れているところや、刷毛目の模様を漆器で出したくて。そういう表現をすると、傷や汚れが目立たないので日常的に使いやすい。ピカピカの漆塗りだと、シミや傷がつくとショックですよね。漆器は取扱いが難しいというのは思い込みで、私の作るものは中性洗剤で洗っていただければいいので、手入れがラクです。大きなお皿でも軽いし、投げても割れないから離乳食の食器にもいいですよ。
崎谷:ガシガシ洗えるのはいいですね。漆塗りの1日体験教室や金継ぎ教室も開催されていて人気があるそうですね。
小島:体験では途中まで私が漆を塗っておき、最後に好きな色で仕上げるところをやってもらいます。漆の色は黒や赤を目にすることが多いと思いますが、今は漆用の顔料が20色ほどあって、油絵具のように混ぜて色を生み出すことができるんですよ。
金継ぎは流行っていますよね。継ぐのはじつは金ではなく、漆が接着剤なんです。材料と道具をセットにしたキットを送ってオンラインでも開催しています。
崎谷:アパレルショップに漆アクセサリーを卸したり、ジャンルの違う作家さんたちとコラボしてイベントを開催されたりと、精力的に活動されています。お仕事のオファーは「NO」と言わずやってみるということですが、それはチャレンジ精神からですか?
小島:クリエイターはどうしても、プロダクトアウトになってしまう。いいものが出来たから販売するという出し方をしていると、お客様が何が欲しいのかということが見えなくなりがちです。もともと私も、漆の漆器は他にいっぱい作っている方がいるからアクセサリーをやろうと思ったんです。ところが「アクセサリーはつけないからお椀がほしい」って言われることがあって。お椀なんて他の人がいっぱい作っているのにと思っていたのに、今はそっちが主力商品になりました。教室もやる気はなかったのですが、「自分で作りたい」と何人かに言われて始めました。通販時代に「3人に言われたら掲載する」というルールがあったんです。「2~3人に同じことを言われたら、ニーズがあるからやってみよう」を続けて、今があるような感じです。
Profile
松江藩御抱え塗師・蒔絵師十二代目漆壺斎(しっこさい)継承者。1975年、島根県松江市生まれ。東京大学文学部歴史文化学科美術史学卒業後、父である七代小島漆壺斎(十一代目)に師事。東京芸術大学聴講生を経て就職。株式会社ベルーナでは「Yuri Kojima」ブランドを設立。2010年「Yuri Kojima漆Design」を設立。1日うるし塗り体験や初心者向けのうるし塗り教室など、漆の「はじめの一歩」を応援する活動をする。武蔵野市在住。